Web連載
2010年05月14日

『花影の血族』第一回

第一章 花の桜森家・姦焔の影






 春宵に浮かぶ満月が櫻の花を照らしている。燈籠の火が揺らめくと、花びらは陽炎のごとく白と花色の陰翳を色付かせる。ひとたび血を塗ったような鮮やかな赤い櫻の花を演じたかと思うと、次の瞬間には本来の淡い薄櫻色に身を転じる。金色の満月にかぶる花びらは、その姿にさらに魅惑的な太陰の化粧を施していく。
 ここは桜森家所有の広大な櫻庭園である。今という儚い時間に咲き誇る満開の櫻のただなかにあって、花よりも見目麗しい一族が月夜の櫻を愛でていた。その中心にいる家長の桜森英嗣は、四十五歳という若さにして鯉城市の中枢を担っている桜森総合病院の病院長であった。彼もまた眉目秀麗な男であり、趣味のテニスで鍛えられた肉体は中年太りとは無縁の体型を維持していた。その理知的な美貌は、月明かりに照らされ、ややもすれば造り物のような冷たい印象を与えてしまうが、目を凝らせば、これまで至福に満ちた人生を送ってきたことがわかる優しげな包容力がにじみ出ていた。さらには医師としての自負に裏打ちされた円熟味も加わり、多くの女性職員の視線を釘付けにせずにはいられぬほどであった。
 だが、そんな英嗣よりも櫻の花に濃艶と溶け込んでいるのは妻の宮子のほうだった。夫の手にある紅色の漆で塗られた盃にそっと日本酒を注ぐと、酒の水面に満月が映し出された。そこに白い櫻の花びらが舞い落ち、月面にゆるやかな波紋を広げた。
「あら、あなたのお酒に花びらが落ちてましてよ」
「宮子、このままでいいよ、酒に浮かぶ櫻というのも風流なものだ。桜森の代名詞とも言える櫻の花びらを呑むのも、花守としての役目かもしれない」
 桜森家は幕藩体制時代に城主から新たな“桜森”という苗字を与えられるとともに、鯉城の山櫻の苗木が五百本以上も生え込んだ櫻の山を献上された。その時世から住居を小高い丘の山頂に構えることになった。桜森家にとって櫻とは家紋であり、主上から賜った大切な守るべき誇りでもあった。
 そんな桜森家は何代にもわたって医家の一族であった。戦争の爪痕が残る鯉城市において、桜森総合病院の果たした役割は非常に大きかったと言えるだろう。屋敷に隣接して建てられた中規模の診療所は、終戦直後に麓へ移設されると、やがて五百床を越える大病院にまで成長した。
 その終戦の年に桜森家で生まれたのが宮子であった。
 幼少のみぎりより可憐な少女だった宮子は、一人娘ということもあり、一族の慣わしに従い医学への道を進むこととなる。思春期の宮子はそのことに何の反発心も持たなかった。今は亡き父や祖父の白衣姿を見て育ってきた彼女にとって、医学を目指すことは当然の成り行きだったのだ。
 言い寄ってくる男たちの誘惑にも惑わされることなく、やがて医学部に進んだ宮子はそこで教鞭を揮っていた十歳も年上の医師とあっけなくも初めての恋に落ちた。彼は一年の契約で東京から呼ばれていた天才外科医だった。その男こそ、英嗣である。
 英嗣は多くの医師たちが躊躇するような難しい手術を何例も成功させており、大学病院へ赴任してわずか数カ月という期間にもかかわらず、すでに名声を馳せていた。それには手術の腕だけでなく、患者に親身になる優しい人柄も一役買っていた。
 多忙なはずの英嗣だが、医療発展のためならと授業にも本腰を入れ、どの教授たちよりもわかりやすいと評判だった。この時代、医師のほとんどは男性だったから、宮子は嫌でも目立つ存在であった。何しろ、三十五歳となった現在でも日本人形のような気品と優雅さをかねそろえているのだから。
 かの女のけぶるような長い睫毛に縁取られた切れ長の双眸は、誇り高い血筋を如実に物語っており、厭味のない鼻筋と慎み深い唇は完璧な美の集合体を思わせ、神に愛された一握りの人間であることがわかる。そのあまりの美しさは、ともすれば冷たい印象を与えかねないが、宮子の場合は誰にでも分け隔てなく接する恵み深い性格と幼少時から名家の淑女として育てられた精神が、内面から滲み出るようだった。それがどれほど際立った存在かは想像に難くないだろう。
 宮子は二十歳のときに英嗣と大恋愛の末に結婚した。当時、桜森総合病院の病院長であった父親が若すぎる結婚に難色を示したのは、親同士が約束していた許婚がいたためであるが、英嗣が将来有望な若手医師であることと、すでに宮子の身体には新しい命が宿っていたこともあり結婚を認めざるをえなくなった。ただ、名誉ある桜森総合病院の一人娘を東京へと嫁がせることはできないため、頭をさげて英嗣を婿養子としたのである。英嗣はそんな義父の行いを踏み躙ることなく、彼を支えて桜森総合病院をさらに大きく発展させることに貢献した。そして、二年前には、家督をすべて英嗣に委ねるという言葉を残し父親は安らかに息をひきとったのだった。
 宮子は若い頃に母を亡くしたため、男手一つで育ててくれた父親に百万の言葉を並べても感謝の気持ちを言い表すことはできず、その思いは落涙となって土色と化した父の顔に降り注いだ。宮子にとって一つ心残りがあるとするなら、英嗣と結婚したときに医学部を退学したことである。決して勉学と子育ての両立ができないと思ったからではなく、昔から桜森総合病院の次期病院長と目されていたお嬢様と、婿養子である夫という二人の院長候補がいては、病院関係者だけでなく愛する夫にも迷惑をかけることを二十歳という若さで見越していたからである。大学を中途退学した宮子は、夫の良き理解者となり几帳の陰から桜森家を支え続けたのであった。
 宮子が櫻を愛した両親を思い返していると、櫻の薫りに包まれた可憐な声が届いた。
「お父様、お母様、こちらを見てくださいませ」
 それは宮子の幻聴などではなく、娘に話しかけられたのだった。竹鈴を転がすような澄んだ声はなおも続いた。
「これから舞いを始めますので目をそらさないでくださいね」
 英嗣と宮子の前に設置された一段高い舞台には緋色の絨毯が敷かれており、そこに正座した娘が可愛らしい頬を膨らませて、いまだ新婚気分の両親に焼き餅を焼いたのか口を尖らせている。
 白無垢姿の十四歳の娘はこの春より、名門の子女が通うことで有名な私立鯉城女学院の中等部三年生へと進級することになっている。艶やかな長い黒髪は宮子に結ってもらった割れしのぶ。夜の闇より漆黒の髪には四月の簪である櫻が挿されていた。そこへ天然の櫻の花びらも雨のようにハラハラと舞い落ちて彩りを加えていた。
 彼女は桜森家の姫として愛育されている桜森芽衣であった。
 卵型の顔の輪郭は繊細で美しく、慎ましく整った目鼻立ちは両親の美点を受け継いように華やかである。細いがくっきりした眉、扇状に広がった長い睫毛は夢見る乙女のように軽やかにカールして、瞼を開けば大きな黒曜石のような瞳を輝かせる。細く通った鼻梁、薔薇の蕾を連想させる無垢な唇……桜森家の姫として非の打ちどころがまったくなかった。年頃を迎えていっそう白絖くなった顔は、朧月の光に照らされて内面からも発光しているような雪白の美肌だった。しかも、少女から大人へと徐々に羽化するこの時期特有の無防備な可憐さは、歯が疼くような得も言えぬ感傷を見る者に抱かせる。父親の英嗣が見ても日に日に美しく成長する娘にやきもきしてしまうほどだった。また、今回のように白無垢を着る姿を見ると、いずれはどこかの男のもとへ嫁ぐ日がくることを想像せずにはいられなかった。
 娘を手放したくないのなら、蔵にでも幽閉するしかないのであろうが、そのようなことできるはずもない。日々成長の針を進める愛娘を見守る以外に方法はないのだ。そのとき松明の炎がパチパチと鳴り響く空間に、突然カセットテープレコーダーから三味線の美しい旋律と長唄が流れてきた。

吹けども傘に雪もつて
積もる思ひは泡雪の
消えてはかなき恋路とや
思い重なる胸の闇
せめてあはれと夕ぐれに
ちらちら雪に濡鷺のしょんぼりと可愛らし

 長唄は『鷺娘』。芽衣が三歳の頃から習っている日本舞踊の演目だった。蛇の目傘を差し、雪の代わりに花吹雪が芽衣の周囲にクルクルと舞っている。緋色の絨毯には白い櫻の花びらがいくつも浮かんでおり、娘が白い足袋で移動するたびに、まるで新雪が踏みしだかれて舞い上がるように、櫻の花びらが乙女の舞いを演出するのだった。一つ一つの挙措に染み込んだ芸の薫りばかりか、芽衣の桜貝のような小さく桃色の爪先までもが見る者を惹きつけて離さない。
 芽衣が踊っている鷺娘とは、人間の女と鷺の両性具有を表現していると言われている。恋に苦しむ若い女は恨み心を見せ、やがて恋に迷った白鷺となった美しい娘は、地獄の責め苦に身を捩って苦しみ、最後は白い雪の下で力尽きるという筋書きである。毎年、芽衣の演舞は桜森総合病院の職員総出で開催される春の櫻狩り会での目玉でもあった。芽衣の日本舞踊が披露される前から、そのことは噂になっており、若い看護婦から年老いた医師に至るまで「芽衣お嬢様の日本舞踊が見たい」と投書までされては、責任感の強い芽衣が引き下がれるはずもなかった。
 ただ、今年の演目の「鷺娘」は芽衣やその両親の発案ではなく、桜森総合病院の事務長のものであった。英嗣にしてみれば「鷺娘」のような情念のこもった踊りを舞うには娘はまだ幼く、昨年好評だった『藤娘』などが似合っているように思えたが、背伸びしたがる思春期の乙女を止めることはできなかった。そうした経緯で、芽衣は半年も前から練習に励んでいたのである。
 やがて唄が終わり、レコーダーが寂しいノイズだけを拾う頃になると、舞台に伏せた芽衣の白無垢を、櫻の花が飾っているだけとなった。まるで本当に死に絶えたかのような静寂が辺りを包み、松明の灯火の弾ける音があたかも生命の音色のように心に沁みわたるようだった。
 英嗣や宮子が声をかける数瞬前に、芽衣が積もった花びらを再び宙に舞わして上半身を起こすと満面の笑みを浮かべ「お父様、お母様、わたくしの舞いはいかがでした? 皆さんの前で披露しても恥ずかしくないでしょうか?」などと呼吸も整わないまま可憐な声で囀った。
「まぁまぁ、芽衣さん。そんなにせっついてははしたないですよ」
「お母様、すみません」
 芽衣は観客となってくれた両親に向かって深々と頭をさげた。
 英嗣と宮子の舞いに対する評価は聞いているほうが恥ずかしくなるほどの賞賛ぶりであったが、芽衣にしてみれば自分が両親から愛されていることを自覚して胸の内を満たされないわけがなかった。芽衣には、この年頃にありがちな反抗期というものがなかった。
「悠葵にも見せたかったわ。人の多いところだと体調をすぐに崩しちゃうし、今も三十八度も熱があったのにお花見をしたいってずっと駄々を捏ねてたのよ」
 宮子がそう言った直後、芽衣は櫻の木の陰から聞き慣れた咳の音がするのを聞き逃さなかった。芽衣だけでなく両親もすぐに咳の主の元へと駆けつけ、大きな櫻の木の下でうずくまるようにして顔を赤く染めている悠葵を見つけたのだった。
 そのとき芽衣は少し物寂しさを感じた。病弱な弟は生まれながらにして両親の庇護を無条件で受けている。それに比べて自分は名家の子女として、ときには厳しい躾も受けてきた。懸命に練習を重ねたピアノや日本舞踊などで親の注意を惹いても、弟がひとつ咳をするだけでそれに負けてしまう。仕方のないことであるが子供心にも愛情を一身に浴びたいという気持ちを捨てきれなかった。ただ、芽衣も可愛い弟のことが嫌いなわけではない。
 現に弟の咳にいち早く反応したのは姉の芽衣である。ただ、白無垢が足に絡んでしまったのと両親のほうが弟に近かったので先を越されただけの話だ。
「悠葵、お熱があるんだから出てきたら駄目でしょう」
「芽衣お姉さん、ごめんなさい……ぼ、僕、お姉さんの踊りをどうしても見たかっただけなんだ」
「いつでも見せてあげるわよ。明日の櫻狩り会は無理かもしれないけど、治ったらお姉さんはいつだって悠葵の前で踊ってあげる」
「ありがとう、お姉さん。でも、僕は、お姉さんがみんなの前で踊って、みんなからいっぱいの拍手をもらう姿を見るのが大好きなんだ。僕はお姉さんのように踊ったり、走ったり、勉強したりはあんまりできないけど、お姉さんが褒められると僕も嬉しいんだよ。今日の満月の下で櫻に囲まれて踊る芽衣お姉さんはとっても綺麗だったよ」
「もー、そんなこと言ってないで帰るわよ」
 抱き起こそうとする父親を制して、芽衣は背中を向けて腰を屈めた。三歳年下の弟をおんぶしようというのだ。少年もそれを感じ取ったように姉の背中に先ほどよりも熱くなった身体を預けた。首筋から漂う姉の甘く切ない薫りが鼻腔を擽り、先ほどの演舞で温められた身体が悠葵には心地良かった。
 そんな仲睦まじい姉弟愛を見ながら、英嗣と宮子は顔を見合わせて朗らかな笑みを湛えた。
 そのとき櫻の花は一陣の風に舞い踊らされ、儚い現世に浮かぶ満月を妖しく覆い隠した。



 満月は等しく地上を照らすが、同時に蔭をも生む。
 桜森家のすべての灯りが消えた暮夜に、麓に建設されている桜森総合病院の一室からは薄明かりがこぼれていた。そこは閉鎖環境を施された手術室で、病室のように大きな窓は存在しない。正方形の部屋の隅にわずかな面積の曇りガラスが設置されているだけであった。
 そこから鈍い光が洩れていたが、厚い防音壁と三重のガラスが手術室にいる女の悲痛な呻き声を遮断するため、緩やかな流れを作っている外気の静寂を狂わすことはなかった。部屋は密閉された一つの匣で、内宇宙でもあった。そこでは夜櫻の宴に負けぬ艶やかでありながら女香がたちこめる盛宴が密やかに行われていた。
「だ、旦那様、こ、このようなこと……おやめになってください」
 掠れた女の声が密室の澱んだ空気を顫わせると、彼女を左右から挟むように四つの影が不気味に蠢いた。そして、消毒液の匂いに満ちた手術室に不釣合いな下卑た嘲笑が零れる。男女の嗤い声は、どこか粘り気のある陰気な精神から発せられた薄暗いものだった。
 女はこの室内で一人だけ衣服をすべて剥ぎ取られていた。冷たい夜気と手術室の消毒液の匂いが裸体にヒシヒシと伝わる彼女としては、瑞々しい肌に珠のように輝く結露が纏わり付くように、周囲の人間の視線と嗤い声に苛まれた。
「螢子、今日、ここに集まったみなさんは、私の同士なんだよ」
 螢子の夫である銭本繁が猫撫で声で囁くが、その声の裏には鬼のような心が隠されていることは、わずか二年の結婚生活で螢子も痛いほど理解していた。それでも離婚できないのは、それが普通の婚約ではなかったからである。
 螢子は高校卒業してすぐに、当時五十一歳の銭本のもとへ嫁いだ。戦後に華族制度が廃止され家財のほとんどを国に没収された実家は、その後、以前の華やかな生活とは懸け離れた生活を余儀なくされた。螢子が生まれたときには、家の至るところに廃頽の蔭が忍び寄る屋敷だけが残されていた。そんな屋敷が螢子の両親にとっては華族であったことの唯一残された誇りであり、螢子はその家を存続させるために鯉城市の中核を担う桜森総合病院の事務長との政略結婚を迫られたのであった。
 親よりも年上の夫を持った螢子は、初夜から銭本が望む夜伽を仕込まれたわけではない。両親が桜森総合病院と親縁関係にあり資産家でもある銭本へ家の復興を願い出た日からである。つまり、螢子は中学卒業式の日に「少女」からも強制的に卒業させられ、高校に入学すると、クラスメイトが男性アイドルに熱を上げているなか、加齢臭の漂う中年男に初々しい身体を開発されていたのである。
 
「二十歳にもうなったんだから、皆さんに挨拶してごらんなさい」
 頭の禿げあがった銭本が物腰柔らかく命じると、手術台に拘束された螢子は思わず漏れそうになった悲鳴をかみ殺した。彼女を囲む四人の中で銭本が一番小柄だったので、出っ歯で開いたままの唇から吐き出される臭い息が、直接裸体の肌を撫でたのである。
 突き刺さる視線、言葉、そして、生臭い息……。さらに手まで伸びてきて、妻と呼ぶには若すぎる娘の柔らかな乳房を揉みしだきはじめる。
「だ、旦那様……あ、あうぅ……こ、このような人前で」
「いつまでも小娘のようなことを言っておらず、早く皆さんに自己紹介なさい。これから、深い付き合いとなる方々なんだからね」
 銭本は細い炯眼で螢子を見つめると、皺が刻まれた指で瑞々しい乳首を捻りあげ、ようやく少女から脱皮したばかりの美しい娘の啼き声を絞るのであった。
「あ、あくぅ……あ、あッ、い、言いますから、旦那様、爪を立てないでくださいませ」
 銭本は「では、どうぞ」と言って、事務職の長として相応しい笑顔を顔に貼り付けた。だが、それは能面のようなもので、その裏には陰湿な性格が隠されているのだ。
「み、皆様……お、お羞ずかしい格好で申し訳ございませんが、銭本繁の妻……銭本螢子です」
「学校と年齢も言いなさい」
「は、はひぃ……け、螢子は鯉城大学の国文科三年に通ってます……は、二十歳です」
「まぁ、鯉城大学って言ったら名門ですよ。あたしなんて逆立ちしても入れませんわ。優秀な奥様ですね」
 そう囁いたのは松本亜紀という、桜森総合病院で働く看護婦だった。螢子は亜紀とは面識があった。なぜなら桜森総合病院の売りの一つである産婦人科を代表する婦長だったからである。
 亜紀が婦長に任命されたのは七年も前のことだが、彼女は婦長という言葉から連想されるような薹が立った中年女ではなかった。病院が看護婦を育成するために建設した付属の准看護学校からの叩き上げで、史上最年少で婦長に就任していたのだ。だから、いまだ三十五歳という若さと魅力的な美貌をもっており、有能であることは立ち振る舞いから容易に想像することができた。
「あたし」と少し田舎臭い一人称を使いながら亜紀は螢子に話しかける。
「奥様には、心苦しくて今まで言えなかったのですが、実は事務長とあたしは不倫関係にあるんですよ」
「えッ……」
「奥様が高校へ通う以前から、お付き合いさせていただいてましたのよ。うふふ、奥様ももう子供じゃないですし、今のお姿に似つかわしい言葉で説明いたしますと、奥様のようにお股を開いてオマ×コしていたってことですわ」
 亜紀は同性ならではの昏い嘲りが含んだ笑みを浮かべる。螢子と違い亜紀は芸北の田舎出身であるが、彫りも深く鼻も高い西洋風の顔立ちをしている。この時代は欧米への志向が強く、控え目な美少女然とする螢子よりも亜紀のほうが人目を惹きつけていた。だが、内面から滲むものは、旧家の血筋と貧乏百床――そのため、亜紀は中学を卒業してすぐに付属看護学校に通いつつ病院勤務をしていた――では、差が歴然としていた。
 そのことを敏感に察知できるのは、劣等感を持った者、つまりは苦労の末に婦長という高みまで登りつめた亜紀のほうだった。ただ、亜紀もそれを他人に悟られるほど安い矜持は持ち合わせていなかった。それ故に、底知れぬ恐ろしさがあるのだが、それは話が進むに連れて紐解かれるであろう。
「だ、旦那様……ど、どういうことですか?」
「言葉どおりの意味ですよ。私は抱き締めると折れてしまいそうな儚い乙女も好きですけど、熟れた女の情の深さも同じくらい好きなだけの話。螢子で得られない満足感を、亜紀で補充していたとも言えるし、亜紀と先に深い仲になっていたので、あるいは螢子が代用品とも言えるかもしれないね」
 螢子の瞳に非難と困惑の色が深まる。だが、蛇のように禍々しい双眸で睨まれると、涙が滲みだし瞳を悲哀の色へと染めていく。
「しかも――」
 銭本は芝居がかった様子で苦渋の表情を刻むと、螢子の胸襟を蛇縄で締め付けるような言葉を吐くのだった。
「しかも、跡取りを孕ませるために娶った妻が石女だなんて、詐欺もいいところだ」
 石女――嫁して三年、子なきは去る――と評された時代はそれほど昔の話ではない。
 螢子が身を竦ませると、手足にはめられた枷がジャラッと冷たい金属音を響かせたが、その物悲しい音はまるで螢子の心を反映しているようだった。剥き出しにされた肉体はわずかに手足が中央に寄っただけで、白い乳房やその頂に芽吹く赤い肉蕾、流麗な線を描く細い腰、形の良い臍、そして股間まで無影灯によって浮き立つように照らされていた。
 螢子はそれだけで生きた心地がしなかったが、処女を失った五年前からずっと避妊なしで性交を強いられていたにもかかわらず、妊娠しなかったことも大きな重荷であったのは事実だった。
 そして、亜紀の隣で白衣を着て腕組みをしている長身の美男子に銭本が訊ねた。
「仙台字君、先日出た結果……うちの妻は不妊症という診断は間違いないのだな」
「ええ、間違いありません。子宝に恵まれないのは奥様の身体に問題があるからです。何回かの診察と治療の結果、卵管因子が障害されていることが原因だと思われます」
 仙台字桂馬は女のような顔をした優男である。病院長の桜森英嗣の後輩で、彼もまた鯉城市に首都から派遣されてきた二十九歳の医師であった。英嗣の再来とか天才二世とか持て囃されており、看護婦や女性の患者からも人気が高かった。だが、品行方正な英嗣と違い、仙台字は女性関係のトラブルを抱えており、泣き寝入りする女性が後を立たなかった。それを処理するのは事務長の銭本の仕事にもなっていたが、それでも彼らが蜜月関係にあるのは、仙台字の腕に見所があるからであった。
 そんな医師からの冷酷な告知に幼妻は嗚咽を溢す。
「あ、ああぁ……」
 螢子は貧窮する旧家を守るため、銭本は跡取りをつくるための婚姻であった。その両者の関係に亀裂が生じたことをはっきりと宣告されたのだ。子を産めない螢子に非があると責められても反駁できなかった。
「離婚されますか? まだ、奥様は若いですし、石女であることを隠せば貰い手もあるでしょう。寂しい夜はあたしが今までどおりにお相手いたしますわ」
「亜紀、君にはわからないだろうけど、螢子の家柄は元を辿れば、桜森家の主格に当たるんだよ。それを桜森家の分家である銭本家の劣胤をつけれるから価値があるのだ。他の家に再び嫁いでも、跡取りの産めない名家のお嬢様なんて利用価値がありゃしないよ」
 螢子を一人の女性としてではなく、血筋に重きを置く銭本は、大切な家宝について語るような口ぶりである。しかし、その家宝が贋作とは言わないまでも、その価値を半減させられるような事実を知らされた今は、いつも以上に冷たい不気味さを漂わせていた。
「だ、旦那様……な、何でもいたしますから……り、離縁だけはかんにんしてくださいませ」
 螢子は大きな負い目があっても銭本から離れられない。なにしろ可愛い弟が成人するまでにまだ十数年はかかるのだ。それまで銭本の庇護がどうしても必要だった。
 彼女の細い肩には脈々と続く家という呪いがのし掛かっていたのである。
「螢子、離婚だけは嫌ならこれから私の奴隷妻として仕えるんだ。そうしたら家に置いてやろう。もっとも奴隷妻なのだから、今までどおり正妻と同じようには扱いませんよ」
「ど、奴隷妻……だ、なんてぇ……あ、あんまりです」
「嫌なら実家に帰るかね」
「あ、あうぅ……」
 にべもない言葉に螢子は流麗な目じりから涙を滴らせた。父親よりも年上のこの男が自分のことを愛してなどいないことは肌で感じていたが、それでも夜の帳を共にすればお互いの距離も縮まると信じていた。中学の卒業式に処女を散らされ、高校進学時には彼の趣味に合わせて、昼は初心な同級生と他愛もない会話に花を咲かせながら、夜は同級生が夢想だにしないようなSMプレイという倒錯した世界を学ばされた。まだ蕾だった肉体を華開かされたものであった。
 しかも、警戒心の強い銭本は螢子の浮気を心配して、恥丘を覆う繊い草原を童女のように剃り上げて学校に通わせたのだ。その状態は高校へ入学したその朝から女子大生となった今現在まで、一日として途切れることはなかった。
 そのため、幼げな全裸を強調するかのように、一筋の薄桃色の花弁が描かれた、ふっくらとした肉の閉じ目を剥き出しにされていた。胸の膨らみや腰の張りは五年という月日によって女の色香を発憤しはじめるのだが、そうなればなるほど、童女のような股間とのちぐはぐさはより増すばかりであった。
 その無毛性器は、彼女の恥辱の歴史を物語っていた。思春期で他人の身体の変化に目聡い級友から、高校一年の夏休み前には『パイパン』であることを知られてしまった。それ以後、水泳の授業の着替えでは、同性の視線が突き刺さるように痛かった。学校で指折りの美少女だったから、仲の良い女子はもちろん、そうでない女子からはよけいに好奇の目にさらされた。ただ、どんなに着替えに細心の注意を払おうとしても、高校の一年の夏には林間学校、二年の秋には修学旅行、三年の春と秋には勉強合宿で入浴があったから、否応なく秘密は衆人環視のもとに晒されるのだった。そのため、螢子は同級生から『かわらけ』だと思われる始末だった。
 股間に毛がないというだけで、どれほど子供扱いされるか螢子はよくわかっていた。容姿にも少しあどけなさが残っているし、無毛少女は無垢だという固定観念があるせいか、友人たちは、螢子の前では卑猥な話を極力避けようとした。しょせんはままごと遊びの域を出ない話しかできない級友たちが言葉を噤んでしまうような濃厚なSM調教を螢子が施されているなど、誰も想像さえできなったであろう。
 秋の運動会では、クラスメイトが盛り上がっている最中、螢子の保護者としてやってきた銭本と車の中で土埃に塗れた提灯ブルマを脱がされて後ろから蹂躙された。三年の間、運動会のたびに膣壷に性を放たれては、ティッシュで清められることも許されず自分の汗で湿ったパンティと提灯ブルマを穿きなおすよう強要され運動会に戻ったのだった。三年のときは好意を抱いていた男子と二人三脚をやったのだが、銭本の白濁液が膣から溢れ出してパンティを汚し、やがてブルマの裏生地をぐっちょりと湿らせる感覚を内腿の付け根に味わいながら泣きそうになったこともあった。
 結局、数え切れないほどの恋文をもらった螢子だったが、男子と手を繋いだのは運動会のフォークダンスだけだった。それでいて夜は禿げた中年男との口にすることも憚れる濃厚な情事に耽っていたわけだから、どのように青春時代を穢されたかは言葉にするまでもない。
「奴隷妻の境遇が受け入れられないなら、荷物を畳んで実家に戻るんですね。可愛い弟は喜んでくれると思いますよ」と言われてしまうと、来年小学校に上がる弟の天使のような笑顔と両親の暗い顔が浮かび、脳裡に張り付いて離れなかった。
「どうするんだね? もう子供じゃないのですから自分の将来くらい自分で決めなさい」
「あ、ああ……ど、どれぃ……奴隷妻になりますから、ここに置いてくださいませ」
 搾り出すような掠れた声が薄い嗤い声の中に吸い込まれていった。
「事務長、この場合、不倫相手と奴隷妻ではどちらが格上なのですか?」
「仙台字君、そんなのは不倫相手のほうですよ。奴隷妻なんて女中に毛が生えた程度のものですからね」
「あらあら、良家のお嬢様に女中なんて務まりますかね?」
「務まらなければ女中以下ってことでしょう。ですが、螢子、お前はこれから女中のように炊事、洗濯なんかをさせるために家に置くわけじゃないですからね。この病院が私の物になり、さらに発展させるために肉体接待をしてもらいますよ」
 三人の男女が口々に囀った。螢子は背筋を冷たい手術台の革に湿らせ、皮膚になんとも言えぬ感触を覚えるのであった。
「に、肉体接待って……」
「わかりませんか、ここの穴とこっちの穴、それにその可愛い唇に男の棒を突っ込んで愉しむことですよ。これからは私以外の男性にも抱かれてもらうからね」
 銭本の宣言に螢子は可憐な悲鳴を密室に響かせるのであった。



「ようやくわしの出番じゃのぉ」
 嗄れた声をあげてのっしりと身を乗り出したのは、釜蛙のお面をかぶった男で、肥満症を絵に画いたような身体をしていた。しかも、身長百七十四センチの仙台字よりも背が高く威圧感があった。釜蛙のお面からはみ出た頬には、本当に釜蛙のように疣があり、皮膚が垂れ下がっている。白い髪も相俟ってかなりの年齢であることが窺える。
「ひぃ……」
「まだ、わしの正体を明かすことはできんがの。いずれ、すぐにお主にもわしの正体を教えてやるときがくるじゃろう。それまではわしは若い娘を犯す児雷也と名乗っておこう」
 そう言った男は蝦蟇の妖術を操るように身体から禍々しい妖気のようなものを発散させていた。彼は今まで沈黙を守っていたが、それでも顔見知りの仙台字や亜紀よりも不安感と恐怖心を焚きつける相手であることはわかった。
「先生、ここは一つよろしくお願いします」
 医師に対しても「先生」という敬称を使わない銭本がそう言うのだから、男がかなりの権力者であることは窺い知ることができる。
「没落華族の女は、終戦直後のどさくさに紛れて何度も味見をしてきたが、今となってはまことに希少価値の高い代物となってしもうたからのぉ。それをポンッと差し出すお主の心意気にはわしもそれ相応のことで返してやらねばなるまい」
「魚心あれば水心ですかね?」
 何も知らない仙台字が無配慮な発言をして、銭本がギョッとした顔をする。有能な医師であるが、まだ世間知らずで、何より自分の力を過信しすぎている傾向が仙台字にはあった。しかし、そんな若い医師の態度に、釜蛙のお面の男は気分を害した風もなく、「下心あれば親心じゃな」とひどく俗っぽい冗談を言って嗤うのであった。
「下心とは、例の計画のことでしょうか?」
 今度は亜紀が口を挟んだ。こちらは看護婦として普段から医師の気分を窺うだけあって、下手に出ることを知っていた。会合における自分の立ち位置というのを瞬時に把握したのだ。
「ふふふ、そうじゃな。銭本が先に言っていたが、わしらは皆、同士。この病院を乗っ取り、こやつのように美しい母娘を素っ裸に引ん剥いてやるんじゃ」
 仮面をつけた魁偉な男がそう言うと、すでにその計画に賛同して集まった銭本、仙台字、亜紀の表情には不気味な陰翳を刻んだ微笑が浮かび上がる。一方、初めてその事実を知らされた螢子は顔面から血の気が引いていくのを感じた。
「びょ、病院長や……お、奥様、それにお嬢様や坊ちゃまは……」
「病院長は近々、背任罪と医療ミス、脱税で立件されて数年の間は塀の中で慎ましい生活を送ってもらうことになりますよ」
「だ、旦那様……そ、そのような事実が……実際にあるのですか?」
「まさか。ただ、本来なら病院長の手で行うべき事務処理も、数年前より私が担当していますから、それをちょっと弄って帳簿上は病院に損失を与えながら、病院長が私腹を肥やしているというふうに見せた隠し帳簿をつくりあげたわけです。ちなみに、金は病院長でなく私のところに流れてはいるんですけどね」
「な、なんて……こ、ことを」
「この娘っ子は、自分の置かれている立場を理解しておらんようじゃな。その汚れた金でお前の家は救済されておるんじゃろうに」
 “児雷也”は片手を伸ばすと、無骨な指先で螢子の乳房の膨らみを掴んだ。その手はゾッとするほど冷たかった。大きな手は乳房の丸みを握りしめたが、無遠慮に物の手触りを堪能するように強弱をつけて揉みしだかれるのであった。
「あ、ああぁ……い、いやぁ」
「奥様、すぐに桜森の奥様もお嬢様もそのように胸を夫以外に揉まれるようになりますから、安心してくださいませ。まずは奥様がその感触を味わいましょうね」
 亜紀の発言に螢子は目を瞠る。
「な、何を言ってるのですか?」
「そっちの胸を揉んでやると合の手をいれておるんじゃろう」
 夫である銭本ではなく、謎の男が亜紀に命じた。彼女はすでにこの男が蜜夫よりも権力があることを察知していたので、素直にその言葉に従い、空いている螢子の乳房に指を伸ばす。
「ひぃ!……」
 年配の男と女盛りの婦長から両胸を玩弄される螢子は、拘束された身体をもじつかせた。男の荒々しい指先から送られる刺激と、同性であるがゆえに急所を知り尽くした官能的な指戯から与えられる甘媚な波に翻弄されてしまう。
「あ、あくぅ」
「普段は澄ましている女子大生のお嬢様が、そのような声をあげてはいけませんわ」
「ちょっと乳房を揉まれたくらいで、乳首を酸塊の実のように丸々と突き立ておって、相当、奴隷妻として育成されておるようじゃのぉ」
「あ、ああッ……ど、奴隷妻だなんて……」
 左右から白い乳房を弄ばれ、薄桃色から紅色へ萌えようとしている乳首の果実には、力強く威圧的な指と女性の繊細な指がそれぞれの性的衝動を断続的に与えられる。
「これからは先生にも、螢子が奴隷としての自覚を持てるように厳しくご指導していただければ幸いです」
「わしの示教はちと厳しいぞ」
「箱入り娘として私が育ててきましたから、先生のご鞭撻で檻入り奴隷としての肉体と精神を徹底的に植えつけてやってくださいませ」
「ぐふふ、そこまで言われたら、行儀見習いとして我が屋敷に週に二、三度くらいで参上するとよいじゃろう。なに、習い事に通うようなものじゃ」
 一言一言を発するたびに乳首に鈍い疼痛と甘い快楽を与えながら、児雷也と名乗る男は螢子に語りかけるのであった。当の本人は習い事と言われても、それがお琴やお茶などといった風流な趣味からは懸け離れたものとなることは、この状況が雄弁に物語っていた。
「では、螢子をよろしくお願いします」
「任せておけ。と、言いたいところじゃが、わしの行儀作法を受ける女たちには字をつけることにしておるんじゃ。この娘は小綺麗な顔をしておるが、太陽の下で輝く花ではなく、月に照らされてしっとりと輝く花の雰囲気がある。そこで螢子から子を取って、螢と名乗ってわしの屋敷にくるんじゃぞ」
「螢とはいい字です。螢子は乳房はそれほどでもありませんが、お尻の張りは小娘にしてはなかなかの安産型ですからね。お尻を鞭打ちするとこの大きな尻を振り乱して悶えるところなど、尻を発光させる螢にお似合いになります」
 夫は上機嫌に妻の源氏名に賛同する。もちろん、そこには奴隷妻に堕とされた彼女の意思など介在しない。
「螢ね。薄幸そうな奥様にぴったりだと思いますわ」
「螢なんて遠くで見ていれば綺麗だが、近くから見たら単なる虫でしかない。だが、事務長の奥様は近くで見ても美しい。まるで標本にされる前の蝶のようだ」
 亜紀と仙台字からも揶揄まじりの賛同が送られるが、螢子は衆人環視による激しい恥虐の炎に炙られながらも、夫によって開発された乳房を夫以外の人間から玩具にされる屈辱に咽び泣くことしかできなかった。
 しかも、乳房を嬲っていた手はやがて細い腰、そして骨盤の張ったむっちりとした臀部へと向かうのであった。
「奥様のお尻ってとっても柔らかいですね」
「そうじゃのぉ。まだ硬さの少し残る乳房と違って、尻はまさに餅肌というやつじゃ、手にしっとりと吸い付くようじゃ」
「あ、ああ……は、羞ずかしい」
 蛍子は眉を歪ませながら左右から繰り広げられる玩弄に首を振り乱した。ただ、手足は枷で拘束されているために抵抗できず、女の色香を醸しだす女子大生の臀部は激しく揉みまくられ、まるで俎板の鯉が跳ねるように下半身をくねらせることしかできなかった。
「そろそろ、螢の味を堪能してやってください」
 銭本が蝦蟇の男に唆すのを聞くと、幼妻は瞳を大きく見開いて小さな悲鳴をあげる。
「だ、旦那さま……そ、そのような不義理なことだけは……お、お許しください」
「不義理とは私のことを言ってるのかね?」
「い、いえ……わ、私のことです。結婚した身で他の男性に……だ、抱かれるなど」
「構いませんよ。それが奴隷妻となる螢に与えられた新しい役割だからね」
 螢子は夫が自分に対する執着を期待したのだが、あっさりと裏切られてしまった。そして、女として惨めな想いを加速させるように銭本が口を開いた。
「螢は知らないだろうけど、私は本来、桜森家の家督を継ぐ運命だったのですよ。宮子が生まれたときから彼女は私の許婚だったんだからね。でも、あろうことかどこの馬の骨とも知らない男に股座を開いてね。挙げ句、子供まで宿してしまい、私は婚約破棄されてしまった。本当に嗤い草ですよ」
「じゃが、宮子はとびっきりの上玉じゃろう」
「ええ、昔から誰もが振り返る美少女で私も手塩にかけて可愛がってましたが、なかなか懐かない娘でしたね。それでもいずれ自分の物になるだろうと蕾が花開くのを待っていたのですが、結果があれですよ。あれ」
「可愛さ余って憎さ百倍ってやつじゃのぉ」
「まさにその通りです」
 銭本は吐き捨てるように同調した。
 螢子とほとんど年齢が変わらない頃に宮子から受けた酷い仕打ちは、積年の恨みとなっていた。その気持ちを押し隠して生きてきたのである。同じ失敗を螢子ではしないように、自分の手に入ったときから花嫁修業と称した隷嬢調教を施したが、念願の計画が動きはじめた今となっては、いずれ手中に収めることになる桜森宮子を思うと螢子が霞んでしまうのであった。しかも、宮子だけでなく殺意さえ覚えた病院長の娘である芽衣も転がり込んでくると思うと尚更である。
 桜森の美人母娘は単体でも螢子に勝るとも劣らぬのに、実の母娘という禁断の血の繋がりもあるのだ。しかも、抑圧されてきた愛憎が最大のスパイスとなることは請け合いである。
「江戸時代から続いた名門医家に咲き誇る花を櫻狩りする前に、前菜をいただくとするかの」
「ええ、ぜひ、先生に奴隷妻を使っていただければ幸いです。その代わり……」
「わかっておる。あの約束は守ってやる」
「ここにいる全員は共犯者ですからね」
 そう亜紀が囁くと、頷く代わりに四つの薄嗤いが呼応するのであった。螢子はその悪魔たちが鉄の結束を確約するための生贄であったのである。単なる前菜とされてしまった悲運の美人女子大生からは懊悩な呻きが洩れ落ちた。



「では、まず、私から契りの儀を行わせてもらいますわ」
 亜紀はそう言うと螢子の無毛の割れ目を両手で開帳し、薄桃色に煌く花弁に舌を這わせた。男根が受け入れやすくするために秘部を潤す役割も、この看護婦は担っていたのである。
 それはお面の男が挿入するための前座であった。
 しかし、そのことを理解できていない人物が一人だけいた。それは同性から初の愛撫を受ける螢子であった。
「あ、あくぅ……じょ、女性同士で……こ、このようなこといけませんわ」
「うふふ、女同士っていうのもいいのよ。きっと病みつきになるわ」
 亜紀は螢子の秘部から顔を上げてそう囁くと、陰核を包む柔らかな包皮を指で剥いた。
「そ、そこは……あ、あんんッ!」
「さすがは中学校の卒業式に少女からも“卒業”しただけあって、奥様のお豆ちゃんはぷっくりと大きく成長していますよ」
「あ、あひぃ、あくぅ……ゆ、指で、さ、触らないで……く、くださいませ」
「まぁ、奴隷妻のくせに情婦のあたしに指示するなんて、自分の立場がわかっていないようね。でも、これからはあたしの股間を舐めて満足させたりしなくちゃいけない奥様にレズビアンの悦びを教えて差しあげますわ」
 鋭い視線を柔和な微笑で包むと、亜紀は剥き出しとなった肉豆に舌の先を絡みつけたり、ザラつく舌の表面で摩擦して、ひと回り以上も年下の娘の裸体に小刻みな痙攣と喘ぎを起こさせるのであった。
「あ、あ、ああんッ!……や、やめてくださひぃ、あああんッ!」
「螢、私のときよりも気分を出しているじゃないかね?」
「ち、違います……あうぅんッ!」
「何が違うんだかね。私の情婦に舐めしゃぶられて気分を出しているじゃないですか」
 古い貞操観念を持っている螢子にとって、夫の目前で赤の他人――しかも同姓――に身悶える姿を晒すことは、罪悪感が募るばかりであった。だが、青春時代の暗い飼育生活が、螢子の肉体と精神を造り替えていた。罪悪感は薪となって、より強い快楽の炎を昂ぶらせるようになっていたのだ。
「あ、ああぁー、だ、駄目です……か、かんにんしてくださいませ」
「皆様、我が妻の『駄目です』は、『もっとしてください』という合図ですから、手心を加える必要はありませんよ」
「女の駄目、やめては、もっとしてしてという枕言葉じゃというのは古来からの定説じゃからな。それはそうと――」
 蝦蟇男がお面の下で目を細め、銭本に話しかけつつ螢子の耳に滑り込ませようと言葉を続けた。
「看護婦長の情婦、さらには現役女子大生の奴隷幼妻を持ったうえに、近々、内縁の妻として元許婚を手に入れるとは少々羨ましい話じゃのぉ」
「奴隷妻も元許婚も先生との共有奴隷です」
「上手いこと言いおって、計画ではわしとお前だけの共有というわけじゃないだろう。特に櫻の宮と呼ばれた元許婚には、生き恥をかかせてやるんじゃろう?」
「先生が宮子に固執されなければそのようにしようと、当初の計画通りです」
「わしは宝は手元におきたいほうじゃが、お主はどうも見せたがりのようだな。そして、宝を蒐集するわしと違って、お主は宝を愛でるだけでなく金儲け第一で考えておる」
「業の深いもので」
「それが人間というものじゃ、人間の皮をかぶった獣じゃ。そうじゃなければ生き残れん。わしはお主の考えに賛同しておるんじゃぞ」
「ありがたき幸せです」
 深々と頭を垂れた銭本が顔をあげると、蝦蟇の瞳が妖しく輝いたように見えた。
「ところで、妻にも身分が必要じゃろう。奴隷妻の螢と、内縁の妻となる宮子ではどっちが上なんじゃ?」
「それは螢ですよ」
「聞いたか、螢。お主のほうが桜森の奥様よりも上ということじゃ。今、股間を舐めておる情婦がいずれ宮子に代わるところを想像してみろ」
 官能の波に揺さぶられて息も絶えだになりながら会話を聞いていた螢子は、蝦蟇の声にヒィと小さな悲鳴をあげて、股間に顔を埋める亜紀の意地の悪そうな目を見ると、再び短い悲鳴を漏らした。
「そ、そのような……お、奥様に……あ、あくぅ」
 螢子は、髪が舞い踊るほど強く振って宮子の幻影を消そうと試みたが、和紙に落ちた墨が滲むようにそれを払拭することはできなかった。亜紀と宮子は同じ三十五歳であり、互いに美人であるが、宮子は美人という範疇では括れないほどの高次なレベルにいた。内面から滲み出す気品と色香は、螢子でさえ陶酔してしまいそうな美を誇っている。宮子に対し尊敬と憧憬の念を持っている彼女にとって、自分の股間を差し出すなど恐れ多いことだった。奴隷妻の自分よりも格下にしようと計画している夫の残忍な性格と怨嗟の深さに背筋が顫えた。
「あらあら、奥様、宮子の話を聞いて気分がのってきましたか? 羞ずかしいおつゆが滔々と流れ出してますよ」
 亜紀は螢子の昂ぶる感情を弄びながら口を挟むと、赤裸々に露呈する肉豆を舌で弾くように舐めるのであった。
「あッ、ああッ、あくぅ……お、おやめくださいまし」
「令嬢というのは、うわべの世界に生きるだけあってお口から出る言葉は上品ですね。でも、奥様のオマ×コは、もっともっとと口をパクパクさせてますわ」
 舌の先でねっとりと膣口を舐めあげられる。亜紀の舌は円を描くようにクルクルと回り、ヒクついている幼妻の狭隘な入口をじっくりと開拓しているようであった。
「螢」と夫が呼びかけ、看護婦長の亜紀と病院を司る宮子の因縁を語りだす。
「亜紀と宮子は同い年なのは知っているね。でも、この病院で看護婦というものがどういう扱いを受けてきたか先代を知らない螢には理解できないだろう」
「ええ、本当に先代のときは旧時代的でしたよ」
 亜紀が螢子の陰核や膣口を舌から指に変えて玩弄しながら因縁話を繋ぐ。それは螢子の両親が語っていた過去の栄華を実践しているようであった。桜森病院では看護婦を教育するために准看護学校を併設している。そこに進学した亜紀たちを待ち受けているのは、桜森家への服従と奉仕の生活であった。午前中に病院で下働きをした後、午後から学校の授業を受ける。その後、屋敷で行儀作法として女中のような真似をさせられたものである。現病院長である英嗣の代になってこの忌わしき因習は断たれたが、依然として大掃除のときなどは准看の学生が駆り出される。もっとも、それなりの支給金が学生たちの懐を潤すのだが、もちろん亜紀の時代にはそのような支給などなかった。
 亜紀の頃には、屋敷の掃除や夕餉の給仕などを当番制になっていた。寮の安っぽい食事とは雲泥の差がある食事を運ぶ先には、彼女と同い年でありながら高校で青春を謳歌する宮子がいた。まさに令嬢で小さい頃から恵まれた環境で育てられているため、亜紀たちを女中の一人としか見ていないような気がした。亜紀の学生時代には、宮子の太鼓持ちのように取り入って先代の病院長から甘い汁をもらう者もいたが、矜持の高い亜紀には同い年の彼女のことを『宮子お嬢様』と呼ぶのさえ、はらわたが煮えたぎるものがあった。ただ、宮子は誰に対しても甘くするでも厳しくするでもなく、分け隔てなく接していた。いわば完璧な令嬢時代をすごしていたのであった。それが、病院内で宮子をいまだ崇拝する看護婦が多い要因でもあり、亜紀にとっては腹立たしい現実であった。
「でも、宮子が奥様のような卑しい奴隷になるかと思うと、愉しみで仕方ないわ。しかも、宮子の女学生時代を生き写したような可憐美少女の芽衣お嬢様[「お嬢様」に傍点]]も奴隷になるんだから、愉しみが二倍にも三倍にもなるわ」
 亜紀は歌を唄うような口調で囁く未来図が本当に愉快で仕方がないのだろう。螢子の花弁を弄る指の動きや、肉豆に吹きかけられる悪女の吐息の熱っぽさに歪んだ情感がありありと込められていた。
「お、お嬢様……は、まだ、ちゅ、中学生の子供ですよ」
「奥様も中学校の卒業式に女になったでしょう。ほら、もう殿方の立派なものが欲しくて欲しくて堪らないって、口をパクパクさせながら蜜を溢してますよ。うふふ、芽衣お嬢様もきっとすぐに可愛いセックス人形になるはずよ」
「あ、ああ……」
 螢子は嗚咽を溢しながら項垂れた。いつの間にか月が雲に隠されたのか、手術室の曇りガラスから常闇が忍び寄ろうとしていた。
 女が女を嬲る陰湿な言葉がひと区切りしたところを見ると、仮面の男ははだけた和服からでっぷりと肥えた腹部を晒していた。その下には赤銅色に変色した不気味な肉棒を垂らしているのであった。
「それでは、次は共犯者の契りを結ぶとするかのぉ」
「あ、ああ……い、いやぁ……」
 静まり返った桜森病院の密室で、生贄令嬢が涙と悲鳴を噴きこぼす一方、もっとも権力を握る蝦蟇男が乙女の膣へその巨大な肉槍を打ち込むのであった。

 一陣の夜風が桜森家へ吹き上がり、闇夜に薄桃色の花びらを舞い上がらせた。

 
昭和五十五年――
春宵の晩

櫻を愛でよ
櫻を踏み躙れ

闇夜の闇よ、桜森を呑み込め
美しき花びらを
花憐な蕾を

櫻に刻まれたる時を集め
千の感情とともに紅蓮の火柱となれ
地に花影を焼きつけるため――