Web連載
2006年02月24日

『ヒポクラテスの檻』第二回

第1章 ベストカップルズ
──その2

 南原一族の病院経営が「経営近代化」の名目で刷新されたのは、遠山家から敏子という女医を嫁を迎えてからだった。銀行と太いパイプを持つ遠山家は、城南大学医学部の開設資金の巨額融資と平行して、つぎつぎと人材を送り込んできたのである。
 その結果、南原医院は遠山家に乗っ取られる形で、城南医大病院(医療法人南原病院)と名称を変えたのだった。一族経営の産婦人科医院から総合病院に発展したのは、たしかに僥倖だったといえるのかもしれない。けれども、銀行資本が医局の上に立つ儲け主義の近代化は、地域に根ざした創業の理念すら失われかねない。
 そんな危機感を抱く泰子自身も、医療メーカーのバックアップに頼らざるを得ないほどに、南原病院はシステムを巨大化しているのだった。
「いよいよ始まりましたよ、室長」
 と、白川が声をひそめた。
 ギシッギシッと軋むような音を立てているのは、博之の部屋にあるソファベッドだろうと泰子はすぐに察した。すでに二人の性器が深く接合し、若い男女の肉の絡みが始まっているのだ。
 ほどなく『ジョボン、ジョボッ、ジョポン……』という、淫猥な生殖器の摩擦音が響きはじめた。女性器の内襞が潤沢な膣液で充たされ、男性器が窮屈な入り口を出入りしているのだ。深く接合する瞬間の泡立った飛沫までが、盗聴器の通して伝わってくるような気配である。
「凄いわねぇ……」
 泰子は研究員たちと目を見合わせていた。
「バックからですかね?」
 などと、草野が小さくわらった。
「やっぱりバックですよ」
 草野が気づいたのは、パン、パンッという二人の腰が打ちつけられる音である。おそらくは北野英華の弾力のあるヒップに、南原博之の腰骨が打ちつけられているのだろう。美人モデルとのセックスに没頭している甥の姿を想像して、南原泰子は軽い嫉妬を感じていた。
 本来ならば、彼女の娘が南原病院の後継者としてそこに居るべきなのである。自分の中にある嫉妬に気づいて、泰子は苦笑いしなければならなかった。不美人の娘の代わりに嫉妬する親心などというものは、何て滑稽なんだろうと自分でも思う。
 盗聴器の向こうにある情事は、いよいよ悦楽の佳境に入った様子である。
『ああっ、あっ……! 素敵よ、博之……』
 などと、睦み合いに満たされた女の愉悦が漏れてくる。
「体位が変わった」
 白川が素っ頓狂な声で言う。
 わずかなインターバルののちに、ふたたび淫猥な結合音が響きはじめたのである。愛の潤滑液が立てる淫蕩な音はあいかわらずだが、脂肉を激突させるような衝撃音が小さくなっている。
『あうっ! あっ、あんっ、あん』
 抽送のピッチが急速に上がり、激しい息づかいが漏れてきた。
「イキそうな雰囲気ですね」
 白川がスピーカーに耳を押しつけた。
「そろそろ二十分だよ。若先生、けっこう長持ちするなぁ」
 などと、草野は博之の精力を感心している。同性の持続力が気になって仕方がないらしい、若い男ならではの関心だと泰子は思わず苦笑した。
「もういいでしょ、どうせイクときの表情なんて見えないんだし」
 と、泰子はスピーカーのスイッチをオフにした。
 ここから先は、自分が愉しむ番だった。自分でドレスのストラップを外し、背中のホックを若い研究者たちにゆだねると、彼女はソファに片膝を立てた。
「ポジションはどうするの?」
 などと促しながら、泰子はグラスに残ったワインを飲み干した。
 立てたドレスの片膝からは、濃厚な女の匂いとともにプックリと膨らんだショーツの先端が覗いている。
「今夜はどっちがショーツを持って帰るんだっけ?」
「はい、僕です」
 と、白川が恥ずかしそうに顔を赤らめた。それは性的奉仕のご褒美なのである。
「ブラは?」
「はい。ブラジャーも、お願いします」
「じゃ、あとでね」
 さっきからの生セックス中継で獣性の欲望に取りつかれた若い部下たちに、すぐに下着を脱がさせようとはしない。ゆっくりと若い牡の性欲を弄ぶように、年上の女の魅力を見せつけては彼らを欲情させるのだ。
「白川君は、脚の爪先から舐めてちょうだい。草野君は、私がいいと言うまで背中にキスを」
 と、彼女は女王の気分でソファに身体を伸べた。
 女王様のご褒美の合図と同時に、若い牡たちは目を輝かせて豊満な女肌に取りつくのだった。静脈が浮き立つような白い肌が、たちまち欲望のキッスでピンク色に染められていく。
「う、うん……。素敵よ」
 背中の性感帯にキスをされた瞬間、四十代なかばのベテラン女医は少女のように身悶えた。「そうよ、いいわ」
 爪先を丹念に舐めている若い牡の舌が、じょじょに脚を這い上がってくる気配に胸をときめかせながら、泰子はシルクのショーツに包まれた箇所を牝のラヴジュースで濡らしていくのである。
 あの若いモデルをどうやって凌辱の生贄にするか……。いいえ、若き後継者たるサラブレッドを、どうやって最先端性感医学の奴隷に堕すか。それが問題なんだわ……。
 頭の中を別の思いに支配されながら、泰子は成熟した性を堪能するのだった。
 泰子の視線が宙をさまよっているのを見て、研究員たちは彼女の下着を脱がせにかかった。ブラジャーのストラップを泰子の肩から落とし、草野が垂れ気味のバストを支えるように包み込む。
 バストトップを摘まれた瞬間、泰子が「あんっ!」と小さく叫んだ。
 その悲鳴を合図に、白川が彼女の豊満なヒップからショーツを剥いた。泰子が腰を浮かせると、クロッチの部分に粘りのある液体が糸を引きながら、熟女の生殖溝があらわになっていく。
 あくまでも本格的な男女の交合を避けるのが、泰子の彼らへの接し方だった。男女三人で舐め合う濃厚なプレイの余韻が彼らの夢枕に現れては、自分の豊満な肉体を思い出させながら自涜に駆り立てさせることこそ、泰子の密かな愉しみなのである。
 大理石のようなふくら脛から白川がショーツを抜き取ると、泰子は片脚をおりまげて女の底辺を自分から晒した。翳された下腹部にある濃密な漆黒の飾りを、若い研究員が指でかき分けるまで、長い睫毛を伏せるのが彼女の恥じらいの演技である。悩ましい年上の女の目もとを眺めるだけで、彼らは欲望の肉筒を硬直させるのだった。
 泰子の息苦しそうな喘ぎが鼻孔を鳴らすまで、草野は彼女の首筋から耳たぶにかけて執拗な愛撫をくり返してくる。
「んぅあっ……!」
 白川の尖らせた舌先に、彼女の性感の芯が捉えられたのだった。真珠のように膨らんだ三角形の肉粒の色合いは、セピアに沈殿した包皮の色素のなかに鮮やかである。濃いピンク色に染まっていく風情が、若い女の肉体にはみられない牝の発情を感じさせる。「草野君。オッパイも……」
 と、泰子が胸への愛撫をせがんだ。
 四十女のゆったりと撓んだ乳房は、背中を愛撫している草野の位置からも容易に吸いつけるのだった。やや広めの乳輪を吸うように唇にふくむと、草野の舌先が泰子の膨らんだ乳頭を転がしはじめた。
「あんっ……、あん……!」
 目をとじたまま、泰子が唇を噛んで身悶えている。
 女にとって心まで溶かされそうな、胸部にある外性器への刺激がもたらす切ない性感、股間にある敏感な反応を強制される外性器と、どちらが切実なものなのだろうか。それは泰子たちが取り組む臨床性医学にとっても、きわめて切実なテーマだった。
「どうですか、室長? やっぱり乳首のほうが決め手なんでしょうか」
「サーモスタット、使いますか?」
 などと、草野と白川は泰子の反応をうかがいながら女体愛撫に励むのである。
「ダメっ……、イッちゃう!」
 腰をブルッとふるわせて、泰子が両手で彼らを制した。
「あ、あうっ!!」
 泰子のクリトリスを愛撫していた白川は、自分の目の前で彼女の膣口の襞がキュッと締まるのを見たのだった。
「も、もういいわ! 草野君、新製品のデータを採るから、早く持ってきて」
「はぁ……、新しいエネマグラですね?」
 と、草野研究員が慌ただしく立った。
「そうよ、新しいの。白川君はすぐにパンツを脱いで、ソファに横になりなさい」
 ソファから立ち上がった泰子は紅潮した頬の汗はそのままに、ラブジュースにまみれた股間を拭っている。
「白川君、早く!!」
「ええっ!? もう夜も遅いのに?」
 これから医学博士南原泰子は硬く勃起した部下の男性器を検体にして、医療品メーカーから依頼された新製品の研究データを採取するつもりなのだ。